正月の楽しみは年賀状 [時事・雑感]
年が明け、いつも一番楽しみにしているのは年賀状
人により賛否両論だし、ネットからの年賀状サービスで済ませる人も多くなってきた。
それでも私は昔から年賀状が好きで、できるだけ多くの人に出すようにしている。
最初はくれなかった人も、あるときから年賀状をくれるようになったりする。
一人ずつコメントを書くようにしているので、毎年これで、相手への不義理に
気がつき、恥ずかしく思うときが多い。「今年こそは」なんて思い起こすのです。
もうだいぶ長い間、そしておそらくこの先も1年に1回の年賀状をやりとりするだけの
関係で、たぶんこの先会うこともないであろう人も多い。
それでも、過去に縁があり、分かち合った時間を持つ人と、近況をやりとりすることは
自分にとって価値があると思っている。 そういった意味で、特に家族ができてからは
家族それぞれの様子を少しずつ触れた文章を書き、家族一緒のものを含めた写真を
数枚入れたデザインで作成している。
喪中のお知らせを頂いた方へは、年賀状を出せずに残念に思う。ご家族や親類の
ご不幸があったご心痛を思うと、当然賀状は出せないが、喪中のお知らせを頂いたお礼を
お返ししたいと思い、寒中見舞いでもと考えるのだけど、昨年は実現できなかった。
年賀状は、友人や関係のあった方々のことを思い、過去の自分の足跡を振り返ること、
周囲の方への感謝、そして、今年はどのような出会いがあるだろうかと考える、
よい機会だと思う。
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それでも私は昔から年賀状が好きで、できるだけ多くの人に出すようにしている。
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気がつき、恥ずかしく思うときが多い。「今年こそは」なんて思い起こすのです。
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関係で、たぶんこの先会うこともないであろう人も多い。
それでも、過去に縁があり、分かち合った時間を持つ人と、近況をやりとりすることは
自分にとって価値があると思っている。 そういった意味で、特に家族ができてからは
家族それぞれの様子を少しずつ触れた文章を書き、家族一緒のものを含めた写真を
数枚入れたデザインで作成している。
喪中のお知らせを頂いた方へは、年賀状を出せずに残念に思う。ご家族や親類の
ご不幸があったご心痛を思うと、当然賀状は出せないが、喪中のお知らせを頂いたお礼を
お返ししたいと思い、寒中見舞いでもと考えるのだけど、昨年は実現できなかった。
年賀状は、友人や関係のあった方々のことを思い、過去の自分の足跡を振り返ること、
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